5月30日(水) 　うちの飼い犬が厳重な包囲網(サク)をかいくぐり脱走しました。失踪した犬を求めて家族総出で山狩り、そんな一日でした。 　そんな一日でよかったのだろうか。 　裏山の捜索は空振り、とぼとぼと家まで戻ってくるととなりのおばさんの絹を裂くような悲鳴(誇張)が。慌てて駆けつけると、草むらから犬が飛び出してきてびっくりしたとのこと。その犬の向かった先を教えてもらおうとしたその時、おむかいの家の庭のほうで悲鳴が｡ 　ここはニューデリーなのか。モンキー・マン騒動なのか。 　これ以上ご近所の隣組にご迷惑をおかけするとコミュニティー排除の論理が働きだしかねません｡火事とお葬式の時にしか相手にされなくなりかねません。なので、なんとしても犬をひっ捕らえなければなりません。この時点ですでに動物愛とかペット愛とか、犬はペットじゃなくて家族の一員なんだモン、なんていうこざかしい愛情は二の次三の次です。 「おい犬、止まれ｡こっちへおいで」 　お向かいのきれいな花壇を蹂躙している犬を発見｡ 「ホラ犬よ、お前の好物のメロンパンがあるヨ。おいしいヨ」 　犬は脱兎のごとく逃げ出します｡軽いショックを覚えます｡ 「犬！　ホラ！　メロンパン！　メロンパン！」 　犬は送り狼のようにちらちらこちらを振り返りつつ、止まることなく人の家の庭を駆け抜けて山のほうへ入ってゆきます(うちのまわりには山しかありません)。僕はメロンパンメロンパンとひたすら連呼しながら犬を追いかけて、なんだかばかみたいです。誰にも見られていないことを切に願います｡ 　犬って速いですね。ヒトの僕にはなかなか追いつけません｡勝負は持久戦、山道をひたすら駆ける二匹の哺乳類は、ついに山道を抜け山の上の公園へと出ました｡ 「メロンパン！　メロンパン！」 　ようやく手の届く位置まで追いついても、捕まえようと身をかがめるとサッと逃げられてしまいます。近づいて逃げられて、近づいて逃げられてを幾度も繰り返し、なんかもうだんだんハラが立ってきました｡かがむからスピードダウンしてしまうのだ、ならば、ということで思いっきり前方にジャンプ。くらえ、とばかりに犬の尻に飛び蹴りを食らわし、転倒させたところに飛びつきマウントポジション、ようやく御用とあいなりました。誰にも見られていないことを切に願うばかりです｡ 　捕まえた犬を柵の中に放し、頭を小突いてきつく叱り、それからぐちゃぐちゃになったメロンパンを与えました｡ 「あー犬よ、お前はなんでご主人さまから逃げるのだ」 　犬はメロンパンを食べるのに夢中でこちらを見向きもしません｡ 「蹴っ飛ばしてすっ転ばしてマウントとってふんじばったのは確かにちょっと悪かったけれど、逃げてゆくお前の姿にご主人はけっこうショックだったのだよ。ご主人はペットとはなにかという問題をよく考えてみるから、お前はご主人とは何かという問題をもう一度考えてみなさい」 　メロンパンを食い終えた犬は尻尾を振りながら腹を見せました｡ 　このうそつきめ、と腹をさすってやり、犬の好物であろう「カルピスとよのか苺味」の原液を舐めさせてあげました。 　わりとキレイにまとまったので、犬を追っかけてたら大学に行くのをすっかり忘れてた、気づけば日がとっぷりと暮れていた、というダメ人間実話オチはいりませんね。