9月10日(月)


〔前回のあらすじ〕
　おっす、おれヒモロギ。おれと黒田のオヤジの魂のウェブサイト「死せる魂の会」を乗っ取ろうとするガーギラス新理事長の本当の目的を聞いた時、オレはおどろいた。なにしろヤツの野望は世界征服だったんだ！　でも、そのためにはサイトのアクセス数が20万を越えなきゃならないらしいんだけど、越えなきゃ越えないで東京が壊滅しちまう！　しかも期限はたったの一年だって！？　ヤツに協力するしか帝都・東京を守る方法はないってのかよ？　
……いや、きっと見つけてみせる、オレたちのサイトと東京、両方を守る方法を！


つまり君たちに出来 ることは二つしかない。私の世界征服のためのサイト改革に協力するか、傍観者を気取って指を咥えて見ているか、の二つだけなのだよ。まかり間違っても、私の崇高なる計画に対する妨害、などという選択肢がありえないことは、もうお分かりだろう？　ふははははははは」
　僕は、ただただ立ち尽くしていました。すぐそばにいるガーギラスの狂ったような笑い声が、はるか遠くで聞こえるような気がしました。絶望、僕の脳裏に浮かぶのはたった一つの単語だけでした。もう、終りだ。

「おい、なにをしている！」
　叫んだのは黒田の親爺でした。
「何をしておる2400名の死せる魂の会員たちよ！　早くこの狂人をひっ捕らえんか！」
　親爺の怒号に会場は一瞬どよめきましたが、返ってきたのは冷ややかな反応だけでした。
「でも、理事長がいなくちゃ、20万アクセスなんて絶対ムリだよ」
「そうだ、理事長の指示に従ってモー娘。サイトを作らないといつまでたっても20万CPは集まらないぜ」
「理事長の言うとおりにすれば、東京は壊滅せずに済むんだ。オレたちも死なずに済むんだ！」
「な……何を言っておる貴様ら！　この狂人を野放しにすると世界の平和が乱れることは必定だぞ！」
「うるさい！　オレたちは死にたくないんだ！　お前たちこそ、理事長の計画を邪魔するな！」
「ここから出て行け！」
「出て行け！　出て行け！」
「死ね！　死ね！　理事長に逆らう奴は死んじまえ！」
　今や、この広い会場に親爺の味方は僕を除いて他に誰もいませんでした。2400人もの会員が、親爺と僕を亡きものにせんとユラリユラリと迫ってきたのです。
「情けねえ……誇り高き『死せる魂の会』会員がなんてザマだ……」
　今まで常に強気だった親爺でさえ、今回ばかりはなす術もなく、今や悪鬼の手先と成り下がった会員たちの包囲によって出来た円の中央でガクリと膝をつきました。

　しかし僕はたしかに聞いたのです。遠くから響く、僕らを救う希望の音を。

「うわ……あぶねえっ！」
　けたたましいエンジンの轟音が鳴り響いたかと思うと、会場の中に一台のクルマが乱入し、僕たちを取り囲む会員の包囲網を突き破って僕らの前で急停止したのです。
「さあ、二人とも速く乗って！」
　運転席に乗っていたのは、黒田の親爺の孫であり、親爺が宗家をつとめる「死せる魂神社」の巫女でもあるウズメさんでした。
「やはり、この聞き覚えのあるエンジン音はオレのファンカーゴ“ラスチニッシュ号“だ！　しかし何故ウズメさんが……」
「話はアトよ……さあ、おじいちゃんも速く！」
　こうして、僕ら三人は、もはや敵地となった死せる魂会館第一ホールを後にしたのです。



「おじいちゃんがあんまり血気にはやって家を出たものだから、心配になって追い駆けてきたの。そっとホールを覗いてみたら大変なことになってて……駐車場にあったヒモロギさんの車、キーがついたままだったから勝手に使わせてもらっちゃった。ゴメンなさい」
「いや、いいんだよ。おかげで助かったんだから。あれ、でもウズメちゃん、免許は持ってたっけ？」
「こないだ取った、って言ったじゃない。そしたらヒモロギさん、今度みんなでドライブに行こうって誘ってくれたのよ。忘れたの？」
「あ、いやあ、そういやそうだったよね。ゴメンゴメン」
「もう、ヒモロギさんたら、知らないんだから！」
　車中、僕とウズメさんは他愛もない話ばかりをしました。茶番のような会話ででも、どうにかして重苦しい雰囲気を吹き飛ばしたかったのです。しかし、僕たちのやるせない努力もむなしく、後部座席の親爺は黙りこくったままで、やがて僕ら二人の間にも会話がなくなっていきました。車は夜霧のの中を滑るように進み、やがて大きな神社の鳥居の前で停まりました。
「……さ、神社に着いたわよ。おじいちゃん、降りましょ。ヒモロギさん、今日はいろいろとありがとう」
「いや……親爺も元気出せよ。明日また様子を見に来るから」
「……お前もここで降りろ！　今日は泊まっていけ！」
「え？」
「なおかつ、俺は元気だ！　さっきからずっと理事長のヤツをとっちめる算段を考えていたんだが、いけるぜ、いけるぜヒモ坊よ！」
　僕はウズメさんと顔を見合わせ、肩をすくめました。僕らにはもう何もないのです。会の運営権も。肩書きも。CPが保管されている会館も。会員たちも。全ては敵の手にあるのです。そんな僕たちに反撃の余力などあろう筈がありません。しかし、僕は親爺の強引な押しに押されるがまま、神社と棟続きの黒田家に泊まることとなったのです。


　僕が通された客間の中央には一台のノートパソコンが置かれ、キーボードには榊の木が突き立てられ、そしてその四方にはしめ縄が張り巡らされていました。
「なんだ、こりゃ？」
「お前は今から、このノーパソを使ってサイト運営を続けるんだ」
「だって、理事長の方針でサイトはモー娘。サイトに……」
「馬鹿！　アップロード用のパスワードはインターネットセクション主任のお前しか知らないんだ。向こうさんだってパスワード解読には時間がかかるはずだ」
「解読は時間の問題だぜ。いくら更新したところで、そのうち全部書き換えられちまわぁ」
「だからこの霊的web防ノートパソコンを使うんだ。このパソコン経由でアップされた神威あるhtmlは決して書き換え・削除が不可能って寸法よ」
「本当かよ……そりゃすげえ！　これさえあればオレたちのサイトを守れる！……って、でも、やっぱりダメだよ親爺……」
「なんでえ。どうしてだ？」
「今までのオレたちのやり方じゃ、たった一年で10万アクセスなんて不可能だよ。東京が壊滅しちまう……やっぱり、悔しいけどガーギラスに任せたほうが……」
「阿呆！　今までの路線を捨てなくとも、いくらでもアクセスを稼ぐ方法はあるわ！　毎日更新、マメな宣伝、新しいコンテンツ……要は今までよりもうちっとばかり気合を入れリゃいいってことよ」
「そうか……そうだよな。ようし、やるぜオレは！……って、ダメだよ親爺、やっぱりダメだ・・・・・・」
「なんでえ。コロコロと忙しい野郎だ。今度は何だってんだ」
「それはガーギラスの野望に協力することになるじゃないか。そんなの、出来ねえよ」
「それについては考えがある。オレの親友に、土御門の陰陽道系の流れを受け継ぐ腕のいいCGI師がいる。そいつにちょいとアクセスカウンタをいじってもらえば、CPを抽出不可能なガスに変えることが出来るかもしれねえ」
「本当かよ！　じゃあ、とにかくあと一年で20万CPを集めれば、東京もサイトも守れるってことだな」
「まあ、そういうことだ。わかったらさっさと新企画のひとつも考えろい！」
「アイアイサー！　こうなったら、一日千回更新だー！　ウヒャホー」
「がっはっは。おうよ、その意気よ」
　ようやく、僕ら二人の顔に笑顔が戻りました。僕はどうしようもなく嬉しくなって、親爺と顔を見合わせてただひたすら笑いつづけました。

「あら、ずいぶんにぎやかね」
　フスマを開けて入ってきたのは、巫女装束に着替えたウズメさんでした。
「おう、やっと来たか」
「……？　どうして巫女装束を？」
「さっき言った霊的web防ノーパソ、あれは巫女が絶えず祓い清めをしないことにはその霊力を発揮せんのだ。今はサグメもシコメもおらんから、今夜は一晩中ウズメについていてもらうしかねぇんだ」
　サグメちゃんもシコメちゃんもウズメさんと同じ巫女ではありましたが、巫格は幾分劣るバイト巫女なのでした。バイトなので、こんな夜更けに呼び出すわけにもいきません。そもそもサグメちゃんはまだ高校生で門限が厳しいし、シコメちゃんはシコメちゃんで現在カウンセリング中のはずでした。
「じゃあウズメ、あとは任せた。せいぜいヒモ坊に知恵を貸してやってくれよ」
「えっ、えっ、ドコに行くんだよ親爺。いっしょにサイト改革案を考えるんじゃないのか？」
「オレはオレで忙しいんだ。今からこの神社一帯に結界を張って、連中の攻撃に備えなけりゃならねぇ。皇国の興廃この一戦にあり、だ！」
　たしかに、理事長らが僕たちに刺客を差し向けてくることは確実でした。彼らとの戦争は既に始まっているのです。
「オレは今から神殿に篭りっきりになるだろう。だから、サイト運営の一切は、ヒモ坊、おめえに任せる。頼んだぜ」
　そういうと親爺は客間を出て行きました。親爺が僕に全てを任せてくれた……僕は軽い感動を覚えて顔を少し上気させました。続けて自分が今置かれている状況に気づき、つまりそれは巫女装束のウズメさんと静寂ただよう客間に二人っきりというシチュエーションであり、僕は上気した顔を更に赤らめざるをえませんでした。
「ふふ、おじいちゃんたら張り切っちゃって。皇国の興廃、ですって」
　ウズメさんはくすくす笑いながら僕の隣りに腰をおろし、僕がさっき電源を入れたばかりのパソコンの画面を覗き込みました。彼女の長い黒髪がしっとりと湿りを含んでいることにその時僕は初めて気づきました。祓い清めの儀に備え、神社の裏手にある小さな滝で斎戒沐浴を済ませてきたのでしょう。それにしても、冷水で身を清めた巫女の放つ色気というものは不思議なもので、風呂上がりにもんもんと匂いたつような品のない色気とは違い、凛として鋭い、それでいて女性の身体の最深部から目に見えない湯気を発しているような、神々しくも肉感的な、実に矛盾に満ちた色気であるのです。僕はゴクリと飲み込んだ唾の音が彼女に聞こえたのではないかと不安になりました。
「なあんだ、まだ何も書いていないのね」
「あ、ああ、まだ大したアイディアが浮かばないんだ。ははは。困ったよ。はは」
　モニタの前に乗り出した体を戻す時、彼女の湿った黒髪が僕の左耳をかすめました。同時に、柑橘系の香りが鼻先をフイとかすめもしました。
「ふうん。そうなの」
「そ、そう、だからこうなんていうか、いっしょに考えてくれると嬉しいというかなんというか」
「いっしょに……うん、いっしょに……いいわよ」
「それであの、新コンテンツ案としては、『お笑い春画道場』とかいって、その、いや、ちがう、それはナシで、マジでナシで、」
　ウズメさんのまとう緋袴の裾がさっきから僕の膝にかかっているのですが、ウズメさんは気づいているのかいないのか、直す気配がありません。
「静か……だね……二人っきりなんだね……」
「あー、えー。つまりその、スカイフィッシュだと思ったら空飛ぶ回虫でした、ズコー、みたいなＣＧを作ったところでその、やっぱりそういうコンテンツではその、寄生虫かよ、みたいなかんじでやっぱりその、アクセスは稼げないというかその、」
「あたし、ね……ずっと前から……」
「……え？」
　ふらふらと中空を泳ぐ僕の視線は、じんわりと潤んだウズメさんの眼の、何ものも映し出すことなくただひたすら視界にある全てのものを吸い込み続けるかのごとき漆黒の瞳の霊力によってからめ取られてしまって、僕はまばたきすら出来ないまま、顔をそらすこともかなわないまま、そして、僕の胸にふわりと身を預けてくる彼女を、僕は……僕は……いや……もう“僕“だなんて一人称ですましていられなくなってしまったオレは……オレは、ついにウズメさんを……



(続く)　(また続くよ)　(しかもなにこのヒキ？)　(妄想狂？)　(うん、妄想狂。)