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ここは県下有数の資産家、故・金雄持蔵氏の自宅です。さきほどまで持蔵氏のお通夜がしめやかに執り行われていましたが、今はもう深夜。誰もが悲しみを胸にいだきながら、それでも、せめて夢の中ででも在りし日の金雄氏に会いたくて、涙に濡れた枕で眠りについています。……おや？ 故人のひつぎの前で、何人かのにんげんがヒソヒソと、なにやら内緒ばなしをしていますよ。 「ふっふっふ。まったく、口うるさい親父がいなくなってせいせいしたぜ」 「ほほほ。そんなこというものじゃないわあなた。なぜって、お義父さんのおかげでわたしたちはばく大な財さんを手に入れることができるのですもの」 「おっと、そうだったな。それにしても、あの遺言状を読んだら、兄きのやつおどろくだろうなあ」 「ひっひっひ。まったくですね。あの遺言状が私の作ったニセモノともしらずに、ひっひっひ」 「それもこれも、悪徳弁護士のキミがうまいこと遺言状をすりかえてくれたおかげだよ。これで親父の財さんはすべてわれわれのものだ。わっはっは」 なんということでしょう。故人をしのぶお通夜の席で、このようなあこぎなぼう略がおこなわれていようとは！ ああ、善良な金雄氏の長男夫婦は、この悪らつな次男夫婦と悪徳弁護士にされるがまま、受けつぐはずの財産をすべてはぎとられてしまうのでしょうか？ ……いいえ、この世に正義のあるかぎり、そして、この世に彼のいるかぎり、そのような不法がまかり通ることなどありえないのです！ そう、断じて！ 「ははははは」 「おや、いったいだれだろう！？」 「ははははは。見たぞ聞いたぞ悪行ざんまい。すったもんだの相続争い。生きるか死ぬかの跡目争い。骨肉あい食(は)むこの世の中に、肉を切らせて骨を断つ！」 「だれだ、出てこい！ どこにいるんだ」 「ははは。ここさ、ここにいるよ」 「き、きみは一体だれなんだね。私たちの話を、どこから聞いていたんだね」 「話はすべて聞かせてもらったよ。聞けば、じつにみにくい相続争いをやってくれるじゃあないか。私はね、いいかい、私はね、世界中の相続争いや骨肉の争いをなくすために近未来から送られてきた孤独なヒーロー、その名もキャプテン・ボーンミートだ！」 われらがヒーロー、キャプテン・ボーンミートは、ほこりたかきその名を名のるやいなや、電光のごとき神速でもって、悪徳弁護士が手にしていた本物の遺言状を奪い取りました。 「あっ。よくもやったな！ つかまえてやる！」 「ははは。そううまくいくかな。チェーンジ、ザ、ホエールカーテン！」 「きゃあ、服をぬぎはじめたわ。きっとヘンタイなのだわ、この人は」 やおら服を脱ぎだすキャプテン・ボーンミート。いったいこれから、何が始まるというのでしょう？ 故人のひつぎのまん前で服を脱ぎだすだなんて、とるにたらない一般常識しか持ち合わせていないわれわれにとっては、まったくもってはかり知れない不可解な行為ではありますが、そこはキャプテンのこと、なにか深いかんがえがあるにちがいないのです。ここはもう少しの間、キャプテンを信じて、その動向を見まもることにしましょう。 「きさま、仮にもホトケの前で、なんてばちあたりなことを」 「ははは。ばちあたりなのは、故人の遺志をふみにじり、故人の遺産をさん奪せんとするきさまらのほうだ！ とうっ！」 生まれたままのあられもない姿となったキャプテンは、それでもかっこうをつけて後方へととびさり、壁に貼りつけてあった黒と白の鯨幕に、まるでヤモリのようにはりつきました。すると、どうしたことでしょう。キャプテン・ボーンミートの皮ふが、みるみる焦げ付くような黒色と、しぼりたてのミルクのような白色の部分とにそれぞれ変化し、まるでカメレオンのように後ろの鯨幕と同化してしまったではありませんか。そうして、保護色となったキャプテンは、まるですっかり、透明にんげんのように、姿が見えなくなってしまったのです。そうです、この能力こそキャプテンの最大にして唯一のちょう能力、皮ふの色を黒と白の縞模様に変えることで姿をかくし、鯨幕の張り巡らされた葬式場を自在に散歩することができる「ホエールカーテンの術」なのです。 「きゃあ、きゃあ、あのヘンタイ、どこに行ったのかしら！」 「やい、やい、キャプテン・ボーンミートとやら。きたないぞ。出てこい。出てこないとひどいぞ！」 「ははは。ここさ、私はここにいるよ。さあ、見つけてごらんよ」 「ゾーッ！ 見えないのに声だけが聞こえるなんて、お、おたすけーっ！」 「ああ、待ってくれ、悪徳弁護士くん！」 「きっと、お義父様の遺志をないがしろにしたから、天罰が当たったんだわ。ああ、私が間違っていました。ごめんなさい、お義父様ーっ！」 「あっ、お前まで。待ってくれ、待ってくれ。なんてことだ、もう遺産相続はコリゴリだー！」 「ははは。これにて一見らくちゃく！」 こうして、今回もキャプテンのはたらきにより、金雄氏の財産は本物の遺言状に書いてあったとおりに正しく分配され、無益な相続争いはふせがれたのでした(ちなみにその後、長男夫婦は、相続した遺産を使って、町中のみなし子たちが安心して暮らせる明るくてすてきな孤児院を作ったんだそうです)。いつもながら、キャプテン・ボーンミートの手並みは、あざやかとしか言いようがありません。その正体はいまだ謎ですが、われわれは家族愛をなによりも重んじるこの心根のやさしいヒーローをいつまでも心に刻み続けることでしょう。ありがとうキャプテン・ボーンミート！ という話を考えつくくらい、日焼けのせいで水着のあとがくっきりと黒と白とに分かれました。それだけの話です。 |