|
「今日のトリビアは『ヒモロギは高橋克実さんの目前で牛丼を作ったことがある』です」 「へぇー。へぇー。へぇー」 みたいな話を、します。 僕の泊まっている温泉は17時40分までに米一合を持って「炊き出しコーナー」に行かないと炊きたてごはんと交換してもらえないシステムです。ゆえにその日の僕は急いでいました。あと十分で調理をすませて炊き出しコーナーに急行しないと炊きたてごはんが食べられないじゃないか。 わたわたと慌てふためきつつ自炊場に向かうと、なにかの撮影があるらしくカメラクルーがあちこち歩き回っていました。スタッフの人が「気にせず使ってください」というので、自炊場の入り口で両替機に100円玉を入れてジャラジャラと10円玉10枚に交換し（10円玉一枚を投入することによってガスコンロを10分使用できる）、自炊場のはじっこでお湯を沸かしていました。と、自炊場をウロウロして棚や食器をいじっているおっさんが二人いて、どうでもいいけどこのスタッフはちょっとじゃまだなあ、と思っていたところ、おっさんの一人が、僕が調理台に置いた冷凍食品「吉野家の牛丼」をいじくりはじめました。さすがにそれはちょっとずうずうしいぜ、と非難交じりの視線を送ったのですが、よくよくみてみたらそのおっさん、俳優の高橋克実さん（『トリビアの泉』のひと）でした。芸能人のオーラというものがまったくといってよいほど感じられなかったので、ぜんぜん気づきませんでした。さらにいえば、その時既にカメラがまわっていたことも、僕はぜんぜん寸毫たりとも。しかしこれは僕がニブいのではなく、高橋さんがあまりに自然体で撮影にのぞみすぎなのだと思います。さらにさらにいえば、俳優さんはもう一方おられたのですが、この人は高橋さんに輪をかけてふつうのおっさんだったうえ、名前をよく知らないので、ここで紹介することすらできません。あのホラ、サバカレーのドラマとかに出てた役者さんがいるじゃないですか。あの、ホラ。なんていったっけかなあ。 で、ちょっと傲慢な物言いのディレクターにそのまま夕飯を作りつづけるよう指示され、夕飯を作りつつ高橋さんとしばし雑談などしているところを撮影されました。しかし僕としてはあと数分で炊き出しコーナーが閉まってしまうため気が気ではなく、はっきりいって高橋さんと世間話などしている場合ではなく、ちょうど話が途切れたところで炊き出しコーナーに駆けようとしたところ、こんどはディレクターが炊き出しコーナーでご飯を貰う様子を撮らせろというので、俳優さん二人を自炊場に残し、カメラクルーを従えて廊下をトコトコ歩く僕。いったい何やってんだおれは岩手の山奥で感がただよいます。あまつさえディレクターに指示されるまま、炊き出しのおばちゃんにご飯一杯の値段がいくらかなのかといった視聴者向けの質問をする僕。いったい何やってんだおれは岩手の山奥で感もマックスボルテージです。自炊場に戻れば、沸騰するお湯の中で踊る僕のレトルト牛丼をしげしげと見つめている有名俳優二人。なんだこれは。なにがなんだか。 ふたたび俳優さんたちに宿の感想なんかを訊かれた後、ディレクターが「じゃあ、牛丼完成の絵はべつにいらないので次の場面行きましょうか。温泉撮りましょう、温泉」などという、僕に対してたいへんに失礼にあたるツルの一声でその場の撮影は終了、撮影隊は僕の牛丼の完成を待たずして自炊場から去っていってしまったのでした。愚弄されし僕のディナー。 去り際にスタッフの方が番組名（紀行番組のようです）と放映日を教えてくれて、「ご家族やお友達にも知らせておいたほうがいいですよ」というので、言われたとおりご家族やお友達にテレビ出演の旨通達をしたのですが、しかしよくよく考えてみると、僕と高橋さんが吉牛について語るシーンや、僕が17時40分ギリギリになんとか銀シャリをGETしてほくそ笑むシーンが紀行番組の構成上なにかしら有用であるとはまったくもって考えられず、有意義なシーンなど刹那もないような気がして、あー、これはもしやオールカットで全然映らないかも。親類縁者への告知はどうも早まってしまったような気がしますよなにやらどうも。 そんな不安がありますので詳細な告知はしませんが、8月上旬に放映される紀行番組でレトルト牛丼を持ってモジモジしている栄養失調ぎみな青年が映ったならば、それはきっと僕です。ある意味かるい生き恥です。 |