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三日程前のことである。帰宅した私が玄関のドアを開けると、土間の縁に行儀よく、数匹のゴキブリが整列していた。生来ゴキブリが苦手な私は面食らい、思わず数歩あとずさった。しかし連中の方はといえば、私を見ても逃げる素振りすらない。むしろ私の帰りを待っていたようにさえ見えた。 「おい、どうしたのだ」 私は思わずゴキブリに問いかけた。無論、連中が言葉を返す筈もない。恐る恐る近寄り、黒光りする蟲どもをよくよく見てみると、居並んだゴキブリのうち、あるものはほんの少し後ずさっては前進するという行動を繰り返し、またあるものは前脚を屈伸させることによって頭部を上下させたりと、各々妙な動きを反復している。私にはそれが（実に不思議なことではあるのだが）、彼ら流の「お辞儀」に見えて仕方がなかった。 「おい、お前たちはこの俺に何を言いたいのだ？」 再び問いかけようとしたその時、居並ぶゴキブリたちは一斉に翅を広げ私に飛び掛って来た。私は咄嗟に手で顔を隠し、身を縮ませた。しかしそれは見当違いで、ゴキブリたちは私に向かってではなく、玄関で立ち尽くす私の後方、扉の外の向こうに飛び去ってゆくのだった。 ゴキブリたちは家を出て行った。退居にあたり、家主の俺に御礼の挨拶をしたかったのかも知れぬ、ふとそんな考えが浮かんだ。そう思うと些か淋しい心持ちがした。扉の外には、かつての同居人の黒い翅をどっぷりと溶かし込んだ黒洞々たる夜があるばかりである。 みたいな前触れは特になかったんですが、今日の地震はでかかったですねえ。つうか、こんなかんじで出てけよゴキブリ！ 地震が起きたとき、僕は両国の江戸東京博物館にいました。南京玉すだれの実演を見学したり、ヴァイオリン演歌の生演奏に聴き入ったり、「千両箱を持ってみよう！」「肥桶をかついでみよう！」といった体験することになんら意味を見出せない体験コーナーでほんとうに肥桶かついで喜んでいる人たちを目を細めて見守ったりしてました。膨大な館内展示を楽しんで見学し、やべー江戸超やべー、などと大興奮していたら震度５強の地震発生。むき出しのパイプで組まれたドでっかい照明が頭上でぐあらんぐあらん揺れ軋んで、自分史上最大級の恐怖を感じました。迫りくる死の恐怖に恐れおののいているそのさなか、一定時間ごとに自動再生される展示物説明ボイスがのんきに再生され、しかもそのボイスというのが講談師の口調で「とかく世の中は上手くいかないもので御座います」とか言うわけですよ。このタイミングでそういうことを言われちゃうと、ねえ、なんかもう本当に僕は上手くいかないままここで死んじゃうような気がしてきて、いやもうほんと怖かった。 けっきょく僕は生きていて、そして電車は動かなくて、しようがないので錦糸町まで歩いて、電車が動き始めた十時頃までマンガ喫茶で『からくりサーカス』を読んで過ごしました。フランシーヌの最期に、僕あもう泣きそうになっちゃいましたよ。 なんかよくわからないけど、いい一日でした。 |