引越しをしまして、いま僕は杉並区に住んでいます。

　 元々住んでいた新小岩に比べりゃ、そりゃもう町並みも整然としているし、生活するに便利だし、洒落た古本屋や食べ物屋もあちこちにあるしで、まったくもってハイパー素晴らしい環境ではあるのですが、一点だけ気になるのがマンションのド真ん前に伸びる青梅街道の交通量の多さ。

　僕は乗り物にまったく興味がないため浅い知識しか持っておらず、詳しい事はよくわからないのだけれども、道路を行きかう車たちをぼうっと見ていると、たまにタイヤが二つしかない乗り物が走っていくのを目撃し、びっくりして悲鳴をあげそうになることがあります。えっ、あんな直列タイヤ配列で倒れずに走っていけるものなの！？　もしやここは魔の重力異常地帯！？　とか思って。

　 あの乗り物。オートバイ？　っていうんですか？　おもんぱかるに、正式にはオート・バイシクルとでもいうのでしょうね。とにかくあの、自動車を真っ二つにぶった切って、屋根をとっぱらって、棒状のハンドルをくっつけたような、乗り心地の良い自動車をわざわざ乗りにくくしたような奇怪な乗り物がありますよね。あれ、あれの話をします。

　 マンションのベランダから青梅街道を行きかうオート・バイシクルを観察していると、あのオート・バイシクルの中にもどうやら色々種類があるようで、乗用車と同様の排気音で走るオート・バイシクル、そして格別頭の悪そうな人が乗っていて異様に大きな排気音を轟々と唸らせながら走るオート・バイシクルと、大きく二種類に大別することが出来るように思います。

　 前者はべつにいいんです。問題なのは後者。僕が就寝前30分の入念なストレッチで身体をほぐし、★模様で統一されたナイトキャップとアイマスクをつけてベッドへとすべりこみ、虹の橋をわたる・さかなたちと空を泳ぐ・かえるの楽団と街をパレードする等、メルヘンチックな夢の世界への扉をノックしようとした午前一時、大気を震わす突然の爆音でメルヘン世界崩壊。強制的に現実世界に引き戻された僕が聞かされるのはかえるさんの楽団マーチなどではなく、青梅街道を走り去るオート・バイシクルの排気音。

　 聞くところによると、あの異常なまでの排気音はオート・バイシクルの持って生まれた性質ではなく、後天的なもの、つまり改造行為によって生み出されるものらしいではないですか。い……意味がわからない。エアコン・冷蔵庫・洗濯機といった例をあげるまでもなく、いまや機械製品の開発者たちはこぞって機械の静音化に励んでいるというのに、なんで一部のオート・バイシクル運転者は時代に逆行するような退行的改造を自らの愛車に施すのだろうか。意味不明すぎて、あ……頭が割れそうだ。もしやこれはなにかの苦行のたぐいなのだろうか。その苦行の先にはどんな悟りの世界が待っているのだろうか。より便利なものを追い求め、物質文明を無批判のうちに享受するわれわれ現代人が失ってしまった大切ななにかが、修行者にして求道者たる彼らの澄み切った両の眼にはしかと映っているというのだろうか。

　 というかもう僕、こういう遠まわしな皮肉的非難がだんだんじれったくなってなってきたのではっきり言わせていただくと、夜中に青梅街道を珍音かまして珍走する珍改造ライダーはマジうるせーしマジむかつくのでどうかロクでもない死に方をしますように。なにとぞどうかひとつ。二礼二拍手一礼。パンパン、と。