朝の住宅街。道の向こうから五〜六歳の小さな男の子が歩いてくる。どことなく珍妙だ。両腕をまっすぐ下に伸ばしつつ、開いた手の平を地面と平行にして、まるでドリフのヒゲダンスのような構え。歩き方も妙。右脚を前に出せば全重心を右半身に移し、左脚を出せば全重心を左半身にそっくり移す、といったように、南極のアデリーペンギンのごとく左右に身体を揺らしながらよちよちとこちらに向かって歩いてくる。しかも彼はとても真剣な面持ちで、その独特な歩き方のフォームを維持するため全神経を足の運行に集中させているようであった。

　ヒゲダンスの構えでひょこひょこと歩く少年とすれ違うとき、彼の奇異な動作・真剣な表情・不明な動機、要するにその存在全てがあまりにおかしくて思わずくふふっ、と吹き出してしまい、それを真剣な顔の彼に悟られまいと慌てて僕は顔を背けたのでした。いやもうおかしくておかしくて。このジャリは朝のはよからまじめな顔して一体何をやっているのだろう。九州は佐賀・宮崎の妖怪“ひょうすべ”みたいな歩き方で西荻窪の住宅街を歩くことにいったい何の意味があるのだろう。

　 ふだんは水10！ココリコミラクルタイプを観ても眉一つ動かさない鉄面皮な僕ですが、なぜかこのひょうすべ少年の所作は物凄くツボに入ってしまい、その後電車の中でも思い出し笑いでくふふ、仕事中もパソコンモニタにひょうすべ少年の様子をうっすらと投影してはくふふ、帰りの電車のなかでもひょうすべ少年の姿が頭から離れず終始うつむきながらくふふ、くふふと肩を震わせ続けていました。ひょうすべ小僧のせいで、僕は周囲の人たちから終始にやにや笑いばかりしているうすらばかの白痴だと思われてしまったに違いありません。なんてこった。まあ、今日一日笑顔で幸福に過ごせたから別にいいや。白痴でnp。

にしおぎ妖怪事典

【ひょうすべ小僧】
○分布：杉並区西荻窪
○住宅街に現われ、ひょこひょこと珍奇な歩き方で通行人を惑わせる。
○ひょうすべ小僧を見た者は、その愉快な所作が頭から離れず、あまりの可笑しさに白痴になるまで笑い続けるという。