いやもうまったくね。僕クラスの阿修羅すら凌駕するモテキャラともなると、バレンタインなんつうイベントは迷惑でしかないわけで。昨年などは、僕あてのチョコが世界中からイナゴのように殺到し、世界のチョコの九割九部が僕の住む西荻窪に一極集中したため、チョコの重さで西荻の地盤が4センチほど沈下し、杉並区長じきじきに僕はひどく怒られたわけですよ。もう区長が怒る怒る。「ここはベルギーじゃない杉並だ！」みたいなことをね、二十回くらい言われたわけですよ。んなこた僕もわかっているんですが、女どもが勝手に送ってくるのだからしようがないではありませんか。

　そして今年。今年はバレンタインの一ヶ月ほど前から妙に寝覚めが悪く、夜毎にうなされるようになりました。そしてある晩、僕は見たのです。褐色の肌の老人が月明かりに照らされて、僕の枕元に立っているのを。老人は右手をそっとあげて、ゴディバ、と呟きました。どこかしらの部族の挨拶と思われます。僕も見真似でゴディバと挨拶すると、老人の声が僕の心に直接語りかけてきました。それによると、老人はカカオの精霊で、なんでも彼とその眷属は僕のせいで難儀をしているという話。僕の男ぶりが年々上がるにつれバレンタインチョコの生産量も急激に増加し、関連企業の株価も右肩上がりであるという話は「ワールドビジネスサテライト」などで観て知っていましたが、事態はより深刻化していて、世界中のカカオ産地ではカカオが収穫しつくされ、カカオ種そのものが絶滅の危機にあるというのです。枯れた顔のうえを稜線のごとく走る深い皺に涙を伝わせながら精霊は切々と窮状を訴え、やがて月明かりが雲間に遮られるのと同時に老翁の姿は掻き消えてしまったのでした。

　翌日、僕は行動を起こしました。国内に2000弱、海外に1500ほどある僕の非公認ファンサイト全てに僕からのメッセージを送ったのです。女たちよよく聞けと。バレンタインバレンタインと浮かれ騒ぎおってお前たちは何をやっておるんだと。いいか女たちよよく聞けよと。僕はチョコなど大嫌いで見るのも嫌なので、バレタンタインに僕にチョコを送るなどといった不心得はくれぐれも固く慎むようにせねばならぬぞと。
　 これで世界のカカオは絶滅を免れ、精霊たちを救えるはずでした。

　そして迎えたバレンタイン当日。昨年と打って変わって僕宛のバレンタインチョコは激減し、僕は杉並区長にも電話で褒められ終日上機嫌だったのですが、帰宅すると、部屋の暗闇の中に光る目が二つある。その正体はカカオの精霊で、彼が語るには、世界中の女たちが僕の嫌いなチョコレートをこの世から消滅させるべく、各地のカカオを伐採し破砕し焼却しているというのです。カカオの精霊は泣きながら振り上げた杖で僕を打擲するのですが、泣きたいのは本当はこちらのほうというか、よかれと思っていろいろ動いてあげたのに逆にうらまれてしまうなんて、僕はいったいどうすればいいんだ。そもそも僕がモテすぎるせいで2/14は毎年ロクな目に遭わない。もう……もう……モテすぎるのはもうこりごりダー！（両手を挙げながら大きく跳び上がる僕、背後には杖を振り上げて僕を追いかけるカカオの精霊、というシーンで静止画に。その後、画面が僕の顔の周囲のみ残してキューッと黒くすぼまる昭和的演出。静止が解け、「ホントはチョコなんて毎年ろくすっぽ貰ってないけどな！」という台詞を言い放ちウインクする僕の顔でEND。）