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「ズ ウェルクテン ハルト……っと。ふう」 |
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「サグメちゃーん、なんの勉強してんのー？」 |
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「ふふん。オランダ語の勉強だよん。夏休みになったらアムステルダムまでハッパ吸いに行こうと思ってさ。そのためには語学とかってやっぱ必須じゃん！」 |
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「えらい！ 動機はどうあれ、語学を勉強するのはよいことだわ。それでどうなの？ はかどってるの？」 |
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「うん、実はね。ひとつわからない単語があって困っているんだよね。フル……フルヘッヘンド？ って読むのかな？ この単語がわからないとこの書物の翻訳作業がすすまないよー」 |
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「辞書を引けばいいのに……みたいな無粋なツッコミをこらえつつあたしたちが一緒に考えてあげるわ！ いったいどういうセンテンスで使われている単語なのかしら？」 |
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「“ピーターは思わずフルヘッヘンドする自分を抑えることができなかった”」 |
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「ピーターって誰よ？」 |
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「木ぐつ職人」 |
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「じゃあ、“靴ずれ”とかじゃないかしら？」
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「アタシもさっきそれ考えた！ でもさあ、ピーターは職人なんだよ。木ぐつ職人が靴ずれするなんてありえなくない？」 |
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「でも、木ぐつ職人が自分で作った木ぐつを履いているとは限らないわよ」 |
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「作った本人が履かないで、誰があんなもん履くのよ。買ってまで履くやつなんていないよ」 |
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「うーん、それじゃあ、さらに前の文章から文意を推定してみましょうか」 |
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「うーんとね。“一糸まとわぬヨハンナの透けるような白い肌が月明かりに照らされる。その様子をチューリップ畑の陰から覗いていた木靴職人のピーターは、思わずフルヘッヘンドする自分を抑えることができなかった”」 |
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「なんなのよその本は」 |
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「いや、タイトル訳せなかったからよくわかんないんだけど。ん？ もしかしてフルヘッヘンドの意味わかった？」 |
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「もー、わかっちゃったわよ！」
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「えー、すごい、なになにー？ わくわく」 |
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「……はっ。えー、いやその、わからないわよ！」 |
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「どっちなのよ！」 |
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「いや、あのね、えーと、あっ、そうだ。こういう時こそ巫女のチカラを活用すべきよ。オランダ語の得意な人を降霊して、答えを聞けばいいんだわ！ なにしろあたしの口からは言えないもの！」 |
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「なーんだ、結局姐さんもわかんないってことか。それならそうと言えばいいのに。でも、オランダ語の堪能な人っていわれても……」 |
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「たとえばそう、杉田玄白」 |
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「誰？ 知らなーい！ 何した人？」 |
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「うーん、あたしもよく知らないけど、とにかくオランダ語が超得意で、そのオランダ通ぶりは歴史の教科書にも載っているほどなのよ」 |
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「へー。すごいんだねー。じゃ、あたしが呼んでみるよ。えーい、ゴーリキショーライ、チョーリキショーライ！ はーっ！」 |
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「……大丈夫？ うまくいったかしら？」 |
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「ははははは、わしじゃよ、杉田玄白じゃよ！ ター！ ヘル！ アナトミアー！」 |
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「成功ね、やったわ！ ええと、早速ですが、玄白せんせいはオランダ語がたいへんご堪能であるとか」 |
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「左様さよう。オフコース」 |
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「じゃあこの“フルヘッヘンド”の意味なんかも、当然ご存知ですよね！」 |
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「え？ フルヘッヘンド？」 |
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「んー？ もしかして知らないの？」 |
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「えっ、そんなわけないじゃん！ わし玄白よ！？ マジですごいんじゃって。マジでオランダ博士。カステラ的なものとか大好きだし」 |
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「……」 |
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「しかし、はてさてフルヘッヘンドねえ。こないだまでは確実に覚えていたんじゃけどのう。ほら、やっぱ外国語って、常に話す環境にいないと忘れちゃうんじゃよね」 |
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「姐さん、ほんとにこいつオランダ語のエキスパートなの？ 生徒に知らない英単語の意味を聞かれた『家庭教師のTRY』の派遣家庭教師みたいなこと言ってるよ」 |
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「管理人のバイト体験談なんかはさておき、玄白せんせいはきっと私たちをからかっているのよ。オランダ流のジョークなのだわ」 |
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「あー、そうそう、ダッチジョーク。これダッチジョークね。単語の意味はもちろんわかるんじゃよ。でも一応、念には念を入れるという意味で、前後の文脈を教えてみてくれんかね」 |
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「“ピーターは思わずフルヘッヘンドする自分を抑えることができなかった”」 |
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「ピーターって誰じゃい」 |
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「木ぐつ職人だっつーの」 |
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「じゃあ、“フルヘッヘンド”って木ぐつのことじゃねーの？ わし、そんな気がするよ」 |
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「お前ほんとバカだな。ここに名詞はこねーだろ」 |
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「あれ、そうか。いや、じゃからその、もうちょっと前後の文脈を……」 |
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「いいか、よく聞いてろよ。“一糸まとわぬヨハンナの透けるような白い肌が月明かりに照らされる。その様子をチューリップ畑の陰から覗いていた木靴職人のピーターは、思わずフルヘッヘンドする自分を抑えることができなかった”」 |
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「あっ、わかった！」 |
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「えっ、なになに、教えて！ わくわく！」 |
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「……はっ、やっぱりわからぬ！」 |
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「どっちだよ！ お前やっぱバカだろ」 |
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「バカはお前だっつーの！ なんでこの文脈でわかんねーんだよ」 |
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「だから、わかるんだったら教えろっつーの！」 |
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「ほんとにバカじゃなあ。しょうがない。さすればヒントを与えようぞ。はい、ヒントその一、じゃじゃーん、ピーターは男でーっす」 |
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「ほら姐さん、やっぱりこいつバカだよ。そんなの当たり前だろーが」 |
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「いやその、せんせいはね、“フルヘッヘンド”というのは男にしか出来ない所作を表しているのではないかと、そういう示唆を与えてくれているのよきっと」 |
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「うーん、たとえば立ちションとか？」 |
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「あっ、近い！ かなり核心にふれてるというか、むしろなでまくりよっ。核心なでまくりっ」 |
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「もう一息じゃ、そのまま続けー！ つっこめー！」 |
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「あっ、わかった！ 男にできて女にできないものといえば、石槌山への入山（開山日は女人禁制）！」 |
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「ぎゃふん！」 |
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「えっ、なに？ ちがうの？」 |
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「もうよい。次のヒントゆくぞっ。えーと、ヒントその二、齢八十を越えとるワシにはもうフルヘッヘンドは出来ません！ フルヘッヘンド無理！ みよ、ワシの身を切る大ヒント！」 |
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「さすがです玄白せんせい。たぐいまれなる自己犠牲の精神！」
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「うーん、男には出来るけど、このじーさんには出来ないフルヘッヘンドねえ。……ボーイソプラノのことかも」
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「お前ホント馬鹿！ この低脳！ 低脳事始〔ことはじめ〕！」 |
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「なにをっ。じゃあお前ボーイソプラノ歌えんのかよ！ 『ポーリュシュカ・ポーレ』とか歌えんのかよ！」 |
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「こらっ、これは玄白せんせいの不能な分野を探すクイズじゃないんだから、ピーターの話に即して考えなきゃダメじゃない。ピーターがあの場面にソプラノで歌い出すはずがないでしょ」 |
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「そっか、忘れてた。えーと、ちょっと待ってよ。ピーターに出来てじじーに出来ないのがフルヘッヘンド。ピーターとじじいの違いは、木ぐつと、それと……」 |
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「木ぐつからいいかげんに離れなさいよ」 |
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「つまりピーターがフルヘッヘンドしたのは……ヨハンナを見たから」 |
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「そう！ すべての鍵はヨハンナが握っているのよ！」 |
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「ヨハンナに対して、ピーターはどんな感情を抱いていたんじゃ？」 |
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「うーん、『ヨハンナさん、俺の木ぐつ買ってくんねーかなー』みたいな」 |
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「ズコー！ ズッコケ事始ーっ！ そんな理由で女のハダカを覗く馬鹿がおるかー！」 |
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「うるさいなあ、覗くんだよ！ 木ぐつ職人は！」 |
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「落ち着いて、今までのヒントを整理してみてちょうだい。
�@ピーターはヨハンナを見てフルヘッヘンドした
�A男性はフルヘッヘンド出来るが、女性は出来ない
�B杉田玄白は男性だがフルヘッヘンドは出来ない
と、ここまでいいわね」 |
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「うん」 |
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「さらにサービスで大ヒント！ 男のひとのフルヘッヘンドを擬音であらわすと、“もっこり”です！ ……きゃー！ 言ってしまったわー！」 |
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「あーっ！ わかった！ わかっちゃったー！」 |
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「やっとかよ！」 |
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「男に出来て女に出来ない、じじーにも出来ない、そして擬音は“もっこり”とくれば答えはたったひとつ！ それは——」
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「それは、もちろん——」 |
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「土俵入りだーっ！ やったー。どっせーい」 |
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「なんじゃそりゃー！ がっかり事始ーっ！」 |
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「ちょっと！ あたしのわが身を挺したドッキリ☆大ヒントをなんで活かさないのよっ」 |
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「だから、ヨハンナ（金星）を振り向かせるために角界（男の聖域）デビューを目指したピーターが、シリコン手術で頭をモッコリさせて新弟子検査の身長規定をなんとかクリアしたんでしょ」
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「きゃーっ！ 久しぶりなのにこんなたるんだ結末でごめんなさい事始ーっ！」
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